アメリカは史上最大の「債務大国」
今日の世界ではアメリカが覇権国家の座を維持してはいるが、いよいよその覇権も揺らぎつつあるように見える。 現在のアメリカは、有史以来、最大の債務国である。 アメリカの連邦政府が発行できる国債などの総額は法律で定められており、債務上限と呼ばれている。債務上限を超えて国債を発行するには、議会の承認が必要となる。 2023年、この債務上限をめぐる交渉が難航し、債務不履行(デフォルト)の危機に発展しかねない状況にあった。 結果的には、債務上限の適用を2025年1月まで停止する法案が可決。デフォルトの危機は回避されたが、連邦政府の公的債務残高は10月時点ですでに33兆2000億ドルを突破しており、債務は週を重ねるごとに確実に膨らんでいる。 衰退を始めている国家は、衰退が進みつつあることを自覚しにくいものであり、それはアメリカも同様である。実際に、アメリカの国力はピークに達しており、現時点で衰退は始まっていると考えられる。 前提として重要なのは、どんな国であれ、永遠にトップであり続けるのは不可能ということである。 1815年、イギリスはワーテルローの戦いに勝利したことで覇権国家となった。蒸気機関の発明などの技術革新に伴う産業革命が起こり、海外では植民地化を推し進め、19世紀中頃には圧倒的な経済力と軍事力を持って世界に君臨することとなる。 古代ローマ史上、最も平和で、国が発展した時代を指す「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」になぞらえ、「パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)」という言葉が生まれたほどである。 しかし、19世紀末から、イギリス経済は衰退化の道を歩み始め、第一次世界大戦の勃発により、パクス・ブリタニカは終焉を迎えている。 かつて世界のトップだったイギリスがアメリカに取って代わられたように、アメリカがトップでなくなる日がくるのは時間の問題である。 私は今、アメリカ企業に投資をしていない。AIブームに乗じてNVIDIAに投資するほどテクノロジーに詳しいわけではないし、ショート(空売り)以外でテクノロジー関連に投資することもほとんどない。
「米ドル離れ」が加速している世界
現在、世界の基軸通貨は米ドルであるが、いずれは違う通貨になることだろう。 私はウクライナ戦争とロシアに対する経済制裁が、長期的には米ドルにマイナスの影響をもたらすと予測している。 基軸通貨国であるはずのアメリカは、ウクライナ侵攻を受けてロシアを国際決済システムから離脱させ、米ドルを利用できないようにした。私は、基軸通貨であるために、常に中立的なスタンスを維持すべきだったと考えている。 アメリカはロシアへの追加制裁として、ロシア中央銀行のアメリカにおける資産を事実上凍結したほか、ロシア企業などの150超の個人・団体を制裁対象に加え、アメリカ国内の資産を凍結し、アメリカ企業などとの取引を禁止した。 これによりロシアのドル離れが加速するだけでなく、ロシアに続く国が出てくるかもしれない。 実際に、ウクライナ侵攻においては西側諸国以外でアメリカに追随してロシアに制裁を科している国はそれほど多くはない。多くの国は中立的な立場を取っており、アメリカ一強だった時代が終わっていることを示唆している。 アジアでは日本や韓国、シンガポールがアメリカを支持しているが、インドや中国はロシア寄りのスタンスを維持している。 すぐに米ドル離れが起きなくても、ドルに対する懸念を持つ国は増えるのではないか。 今の段階では多くの国が米ドルで債券を発行しているが、かつての基軸通貨がポンドからドルに移行したように、ドルから徐々に次の通貨へと移行するに違いない。 世界に経済危機が訪れると、投資家はドルが安全通貨だと考え、ドルを買おうとしたがる。だが、前述したようにアメリカは過去最大の債務を抱えており、すでにドルは安全通貨ではなくなりつつある。 これからの投資家には、ドルを売るタイミングをより慎重に見極める力が求められるだろう。
「米中貿易戦争」がもたらすもの
トランプは「対中貿易赤字の解消」「貿易の不均衡の解消」を公約に掲げ、大統領に就任し、実際に中国製品への関税引き上げを実行した。中国も報復措置としてアメリカからの輸入品に関税をかけ、貿易戦争へと発展したのは周知の通りである。 中国製品に課税しただけでなく、中国の通信機器大手ファーウェイに対して過酷な制裁を突き付けた。ここには単純に貿易赤字を解消したいというのとは別のアメリカの思惑がある。要するに、中国企業がハイテク分野で覇権を取ろうとすることへの危機感があるのだ。 ファーウェイへの制裁路線はバイデン大統領にも引き継がれ、2022年11月にはファーウェイの通信機器についてアメリカ国内での販売を事実上禁止し、部品の輸出許可の停止も行っている。 アメリカはファーウェイを攻撃することで、アップルやほかのアメリカ企業を守ろうとしている。テクノロジーに詳しい私の知人によれば、ファーウェイは非常に技術力を持った企業であるとのことだが、米中貿易戦争の中で完全な悪者となっている。 しかし、市場を閉ざす行為は、本当に国の発展につながるのだろうか。私の考えでは、アメリカにとって米中貿易戦争はマイナスでしかない。 世界ではこれまで自由貿易と保護貿易主義が繰り返されてきた歴史があるが、保護貿易主義が良い結果をもたらしたことはない。そもそも第二次世界大戦は保護貿易主義の帰結としてもたらされたものでもあったが、歴史を知らない現代の為政者たちは保護貿易主義に救いを見出し、貿易戦争を正当化している。 それはわかりやすく批判の矛先を外国人に向けているだけであり、批判がエスカレートすれば本物の戦争へと発展しかねない。 私は自由貿易と市場開放に賛成しているが、アメリカは状況が悪化すればするほど市場閉鎖に走ろうとするに違いない。その結果、負のスパイラルが起き、アメリカ経済は弱体化の一途をたどることになるだろう。
ジム・ロジャーズ(世界的投資家