深刻な下振れリスク
昨年(2023年)の5.4%から転げ落ちるように減速して、28年には3.4%に落ち込む見通しだ――。 【写真】韓国・文在寅の「引退後の姿」がヤバすぎる…! 国際通貨制度を安定させて世界経済の成長を促すことが目的の国際機関・国際通貨基金(IMF)は先週金曜日(2月2日)、IMF協定の4条に基づく中国との年次協議に関する報告書を公表し、その中で、中国経済が深刻な下振れリスクに直面していると警鐘を鳴らした。 最大の問題点としたのは、遅々として進まない大手不動産デベロッパーの債権処理だ。かねて中国バブル崩壊の火種と目されてきた恒大集団(エバーグランデ)などを念頭に、この部門は「予想を上回る信用収縮を引き起こす懸念があり、民間の需要不足や地方政府の財政ひっ迫といった副作用を招く」というのである。 IMFが描いた中国経済の転落のシナリオと現状をみておきたい。 冒頭でも記したように、本コラムで取り上げる4条協議は、IMF協定の第4条に規定されているルールだ。 経済や金融不安の火種がないか点検するために、通常は年に1回、IMFが、スタッフを加盟各国に派遣して、当該国の経済と金融の情勢をモニタリングすることになっている。その結果を当該国と協議のうえで、採るべき政策を助言するという手続きなのだ。 ただ、協議結果は、スタッフによって4条協議報告書としてまとめられ、IMF理事会に提出される。この理事会で討議され、理事会の公式見解となったものが、当該国の政府に送られるだけでなく、IMFのホームページでもプレスリリースされる仕組みなのだ。
今回の対中・4条協議報告書はなかなか衝撃的だ。興味のある人は一読してほしい。 今回の要点をまとめておくと、IMFは、去年の中国経済のパフォーマンスについて「新型コロナウイルス感染症危機から脱却して回復軌道を辿り、実質GDPは国家目標の5.4%成長をほぼ達成した」と一定の評価を与えた。その回復の原動力は、「主に内需、特に民間消費であり、金融緩和や法人と家計に対する減税、災害に伴う財政の救済策なども後押しした」と説明している。 半面、今年(2024年)以降の先行きについては、「不確実性が高い。既存の不均衡と関連する脆弱性があり、特に注意が必要だ」と強く警鐘を鳴らした。リスク要因としては、「不動産セクターでの予想以上の収縮が、さらなる民間需要の減少や、地方政府の財政のひっ迫」などを招きかねないと強調した。中国の高齢化のほか、「(米中摩擦に伴う)外需の低迷や、(台湾海峡などの)地政学的な緊張の高まりなども大きな下方リスクをもたらす」とも記したのである。 こうした前提に基づき、不動産セクターの債権処理の加速によって、リスクの現実化を回避したうえで、民間の設備投資などの刺激に繋げていくよう迫っている。 ちなみに、4条協議報告書に記された試算によると、中国の実質GDPの成長率は。2024年が4.6%、25年が4.0%、26年が3.8%、27年が3.6%、28年が3.4%と5年連続で急ピッチに低下していくことになっている。
「失われた30年」を彷彿
今回の対中・4条協議報告は、既視感のあるシナリオだ。1989年末の証券・不動産バブル崩壊に伴って膨れ上がった銀行の不良債権の処理に手間取り、「失われた30年」などと呼ばれた長い経済不振を経験してきた日本の経済史を彷彿させるからだ。 とはいえ、あのIMFが、このタイミングで、中国経済が依然として歴史的な窮地を抜け出していないという危機感を露わにしたことも見逃せない。 ここで、視点を、中国の不動産デベロッパーの現状に移してみよう。外電によると、香港の高等法院(高裁)は先月(1月)29日、経営再建中の不動産デベロッパー大手「中国恒大集団」に対し、実質的な法的整理命令に当たる「清算命令」を発出した。 振り返れば、中国恒大の経営破綻が浮き彫りになったのは2021年9月のことだ。経営が自ら「未曽有の危機にある」と破綻寸前に陥っていることを認めたのを手始めに、同年末には広東省が監視チームを会社に送ったり、同じ時期に米ドル建て債の利息を支払えず、格付け会社が相次いで「部分的債務不履行」(デフォルト)に陥ったと認定したりもした。中国政府が経営への全面的な関与を打ち出して破綻そのものは回避してきたものの、膨大な債務の整理は遅々として進まず、2年4カ月ほどの月日は無駄に流れた。その間に、事態は深刻さ増してきたのだ。 香港高等法院に「清算命令」の発出を求めたのも、債権処理の遅れに苛立った海外の債権者(投資ファンド)だった。申し立ては2022年6月のことだったが、会社が命令を回避しようと、判決の期日が近付くと新たな債務再編案の提示を繰り返し、裁判所に結論を先送りさせてきた。 今回は万策尽きたと裁判所がついに判断した。今後は、裁判所が任命する管財人のもとで債務の整理が始まることになる。 とはいえ、事態は流動的だ。一般的に、香港は中国本土より債務の整理が進みやすいとされている。中国本土は、法的な債務の整理制度が十分に整備されていないうえ、司法判断そのものが当局の意向に振り回されがちだからだ。これが、海外債権者が香港での手続きを切望した理由でもある。 しかし、恒大集団の資産の9割は中国本土にあるとされている。当局の姿勢も不明確だ。今回も手続きが難航して時間を浪費する懸念は強い。そうなれば、会社が解散になり、再建の道が完全に閉ざされるリスクもある。
不良債権処理に100兆円」
以前にも本コラムで指摘したが、中国にとって厄介なのは、恒大集団が氷山の一角に過ぎないことだ。 不動産デベロッパー各社の負債額は、文字通り、天文学的なレベルに膨らんでいる。いずれも2022年末の数字だが、最も負債の多い恒大が2兆4374億元(約48兆7480億円)を抱えて、債務超過に喘いでいる。以下、主な大手デベロッパーの負債額は、多い順に、碧桂園が1兆4349元(約28兆6980億円)、万科企業が1兆3521元(約27兆0420億円)、緑地控股が1兆2010元(約24兆0200億円)、保利発展控股集団が1兆1483元(約22兆9660億円)といった具合だ。 バブル崩壊後、日本の銀行は2005年3月期までの12年間に、不良債権処理に実に96兆4199億円を費やした。俗に、「不良債権処理に100兆円」と言われた所以だ。 これに対し、中国の不動産デベロッパーは大手6社だけで150兆円を超す負債を抱えている。全体でどれぐらいの負債が不良債権化しているのかは、信頼に足るデータがなお提供されておらず、見当もつかないのが現状だ。 ただ、6社では、恒大集団に続き、上海市政府系の緑地控股集団が昨年7月、碧桂園が昨年10月にそれぞれ、米ドル建て債で債務不履行を引き起こした。 いずれにせよ、中国の不動産デベロッパー大手が揃って大規模な債務整理を余儀なくされていることは間違いない。 あわせて、決して見逃すことができないのは、不動産デベロッパーに巨額の資金のつなぎ融資をしてきた金融セクター、特にシャドウバンキング(影の銀行)の経営への影響だ。シャドウバンキングが、短期金融商品の体裁で富裕層や法人顧客から集めた資金の利払いや償還が滞り、消費や投資の足を引っ張る信用収縮を招いている。 また、不動産デベロッパーの不振が地方政府の財政を圧迫してきた問題も深刻だ。というのは、お国柄だが、土地の私有を認めていない中国では、地方政府にとって土地使用権の売却収入が税収と並ぶ収入の柱になってきたからだ。この財政ひっ迫は、地方のインフラ投資資金を細らせるほか、行政サービスの低下や地方振興策の停滞に繋がっている。 一連の惨状を見れば、IMFが今回の対中・4条協議報告書で迫った不動産デベロッパーセクターに対する「断固たる政策行動」が今後の中国経済の行方を左右するポイントであることは明らかだ。 中国の習近平体制は当初、拡大した貧富の格差を是正すると主張、銀行による不動産デベロッパー向け融資規制を強化するなど中国版バブル潰しに動いた。 ところが、事態が深刻化すると、一転して不動産デベロッパーに対する政府の管理を強め、延命に走り、結果として抜本的な債務整理の断行を阻んできた。 こうした混乱の背景には、断固たる債務整理が短期的に大きく景気の足を引っ張る懸念があるうえ、居住目的で住宅用不動産を購入した消費者が物件の引き渡しを受けられない事態が頻発すれば、共産党の統治に対する国民の反発が高まりかねないとの判断があるという。 しかし、IMFが改めて指摘したように、断固たる措置をとらずに中途半端な不動産デベロッパーの延命を続ければ、中期的な経済成長率の大幅鈍化は避けられない。中国経済は岐路に直面している。
町田 徹(経済ジャーナリスト)