丸紅部長に成りすました元白バイ隊員
チーム齋藤栄功(しげのり)の作戦は見事に成功し、2007年10月30日に第1弾の98億円がリーマン・ブラザーズから振り込まれる。11月5日には第2弾の43億円を、架空の病院再生事業への投資名目でリーマンから巻き上げた。 そして2007年11月8日、齋藤は一世一代の大芝居を打つ。リーマンからさらにカネを引き出すため、丸紅部長の替え玉を登場させてリーマンの担当者に引き合わせたのだ(※なお『リーマンの牢獄』はQ&A形式で構成されており、別人格のアバターが齋藤にインタビューする形式で綴られている)。 〈――舞台が本物の丸紅本社で、なりすましですか。 「本物の佐藤浩一部長と鉢合わせしないよう、不在の時間帯に引き合わせることにし、丸紅本社内の部屋を手配させるなど、いろいろ工作をした。偽部長は白バイ警官が演じました」 ――えっ、まさか現役じゃないでしょう? 「福岡県警交通課にいた元警官です。白バイに乗っていたので、親しみを込めて〈白バイさん〉と呼んでました。報酬なしですから、カネ目当てで引き受けてもらったわけではありません。ふだんは、アスクレピオスの主力事業となっていた病院のファクタリング先を発掘してくれていた人です」〉(『リーマンの牢獄』254~255ページ) 替え玉になってもらうため、齋藤は元白バイ隊員を大阪ミナミの居酒屋に連れ出して接待する。酒席はおおいに盛り上がり、スナックへ2次会に繰り出した。 〈「白バイさんとは意気投合しました。あの大阪ミナミの夜の延長線上で、よっしゃ、わかった、やったるわ、齋藤さんも色々大変やな~、そんな感じです」 (略) 「下手にプレゼンなどして、印象を良くしようとするのが今どきの投資銀行流ですが、僕は反対でした。〈プレゼンは負け〉と山一證券時代に叩きこまれたからです。だって負けるシナリオがあるからこそプレゼンするんでしょう? 強気で通せ、というのが昭和の証券界の教えでした。 そこで考えたのが〈ニセの佐藤部長〉という苦肉の替え玉作戦でした。出資の第1弾、第2弾はすでに入金済みですから、今さら引き返せません。佐藤部長本人をかつぎだしたら、たちまち丸紅首脳陣に露見してしまいますからね」〉(『リーマンの牢獄』255~256ページ)
地面師も顔負けの猿芝居
リーマン・ブラザーズ担当者の前に丸紅部長の替え玉を登場させるにあたり、齋藤栄功は細かい仕事に手を抜かない。 〈「前もって日本橋高島屋に連れていって、ブレザーとスラックスを新調しました。【※実在する丸紅の】佐藤部長の好みはツートンカラーのブレザーのようでしたから、いかにも商社マンと見せるための装いでした。さらに佐藤部長名義の偽名刺をこしらえて、白バイさん【※元白バイ隊員の替え玉】に持たせ、〈今後ともリーマンのお力をお借りしたい〉とか何とか適当に挨拶させたんです」 ――いやはや、それじゃ地面師も顔負けの猿芝居だな。 「漠然とですが、山一證券時代の〈面接照合〉の代行みたいなものと思っていましたね。当時、信用取引をする顧客は、支店長が面接して本人確認をする決まりとなっていたんです。信用取引は証券会社が株券を担保に融資するようなものですからね。でも、時々は支店長の都合がつかず、総務次長が面接照合を代行することがあったんです」 (略) 「白バイさん本人も、いたたまれなかったんでしょう。〈ちょっと所用がありますので、恐縮ですがこれで失礼〉と席を立ちました。あんまり会話をするとボロが出ますからね。 幸い、白バイさんは一切罪に問われませんでした、それだけでも僕はホッとしています」〉(『リーマンの牢獄』256~257ページ) 丸紅替え玉部長との面談によって信用を勝ち得た齋藤は、2007年11月9日に第3弾の70億円をリーマン・ブラザーズから巻き上げた。短期間のうちに巨額のカネが次々とリーマンから振り込まれたのだ。 なお、このあとも第4弾(50億円)、第5弾(110億円)の出資をリーマン・ブラザーズから受け、齋藤らは合計371億円の詐取に成功している。
「リーマン・ブラザーズと丸紅が取引する」という名目の架空投資詐欺には「ジーフォルム」という株式会社が一枚噛んだ。両社の間にゲートキーパー(門番)としてジーフォルム社が入るという体裁を取り、リーマンからジーフォルム社に入金されたカネをネコババしたのだ。 リーマンからの入金が始まると、齋藤は詐欺事件首謀者の一人である植田茅税理士から呼び出される。 「僕は呼ばれてゲレンデ【※RVタイプのメルセデス・ベンツ】で築地の植田茅事務所に行きました。ゴールドマンのときと同じように、超大型のスーツケースで優に3~4個はあるゲンナマが待っていました。 僕の分は8億円、山中氏【※齋藤との共謀者である丸紅の山中譲・元課長】と山分けだったとすると、2人で計16億円になりますが、この大金はすべて植田氏の口座を通じて銀行から引き出されたものです。おそらくジーフォルムに入ったカネの一部を口座からおろしたものでしょう。それをフィーの先取り、ピンハネとでも言いたくなりますが、抜いたことは間違いありません。 (略) ゲンナマをどこに隠したかをリプレーしましょう。自分の8億円のほかに、山中氏に〈3億円ほどアスクレピオス【※齋藤栄功が社長を務める会社】別室に置いといてくれ〉と頼まれたものですから、合わせて10億円以上を詰めた重いスーツケースを、汗水垂らして僕のゲレンデに乗せました」 (略) 「すでに夕方の6時を回っていたと思います。複数のスーツケースを数回に分けて駐車場から会社へと運び入れました。幸い社長室に入るまで社員とは鉢合わせしませんでしたが、はち切れそうなスーツケースの中身がすべて現金だなどとは、誰にも想像できなかったでしょうね。 社長室に入るには二つのセキュリティーをクリアしなければならないうえ、社長室には鍵がかかるようになっていましたから、安全に保管できます。社長室近くには山中氏専用の一室もありました。こちらも社長室並みに厳重で、施錠付きのワードローブがあり、現金3億円相当を保管しました。何日かすると消えていましたから、山中氏が運びだしたんでしょう」〉(『リーマンの牢獄』258ページ)
「札束なんて厄介な古新聞並みだった」
リーマン・ブラザーズから巻き上げたカネのうち、このときの齋藤栄功の取り分は8億円だった。8万枚もの1万円札(重量80キログラム)を安全に保管できる場所はなかなかない。 〈「駿河台下のスポーツ用品店ヴィクトリア本店に飛びこみ、スキー用のキャリーケースを2台買ってきて、2億円ずつ分けました。 2億円程度はスーツケースに入れたまま金庫の裏に置いておき、残る5億円を目黒の自宅に運びました。駐車してあったメルセデスのトランクにも、しばらく2億円相当を積んだままにしておきました。不用心? 車が車ですから、その筋の人の車と見られないこともない。迂闊(うかつ)に手を出す人はいないだろうと勝手に安心していました。 自宅へと運び入れた現金5億円相当は、以前から三井住友銀行の袋に入れて保管していた現金と併せ、スーツケース二つに詰め直しました。札束なんて厄介な古新聞並みでしたね」〉(『リーマンの牢獄』259ページ) (文中敬称略/「追い詰められた男のマネー・ロンダリング 裏ガネの作り方を教えよう」へ続く)
齋藤 栄功(「リーマンの牢獄」著者)/現代ビジネス編集部