2024年4月に台湾で発生したM7.2の大地震では200回以上の余震が観測され、ライフラインや工場の停止など、経済活動にも深刻な影響が出た。だがその一方で、人的被害が比較的少ないことが話題となった。お隣台湾の取り組みを参考に、地震防災への意識を高めよう。※本稿は、鎌田浩毅『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 台湾東部で地震襲来 余震200回、死者17人 九州・沖縄沖の震源域が連なる琉球海溝の西方は台湾に接続している。台湾と日本はいずれも「環太平洋変動帯」に位置し、フィリピン海プレートの沈み込みによって地殻変動が生じるという地学上の共通点がある(下図)。 一方、琉球諸島(南西諸島)と台湾ではプレート沈み込みの様式が変わり、地震の起き方にも変化が生じる。台湾東部の花蓮県沖で、2024年4月3日に最大震度6強を記録する直下型地震が発生した。 日本時間午前8時58分に起きた地震の震源の深さは25キロメートル、地震の規模はM7.2と推定されている。震源地は花蓮市の沖合18キロメートルの海域で、その後M6.5の揺れを観測するなどM4以上の余震が200回以上発生した。 花蓮県で震度6強の揺れを観測したほか、北東部の宜蘭県で震度5強、また北部の台北市や中部の台中市など広範囲で震度5弱の揺れを観測した。最大の震度を観測した花蓮市では多くの建物が半壊し、ビル1階部分が崩れて大きく傾き、70世帯以上が閉じ込められた。これまで死亡者17人、負傷者1000人以上が報告されている。
また山崩れが発生し、台湾新幹線は全線で運行を見合わせた。最大35万戸が停電し、広い範囲で水道やガスが止まるなどライフラインに大きな影響が出た。米アップルなどに半導体を提供している大手の台湾積体電路製造(TSMC)は、北西部と南部の工場から従業員を避難させた。 台湾の中央気象署は地震のあと津波警報を出し、北東部の宜蘭県で82センチメートル、東部の台東県で54センチメートルの津波が観測された。日本ではこの地震によって沖縄県の与那国町で震度4を観測した。 気象庁は直ちに宮古島・八重山地方と沖縄本島地方に一時最大3メートルの津波警報を発表した。その後、与那国島と宮古島で30センチメートル、石垣島で20センチメートルの津波がそれぞれ観測される。午前10時40分に気象庁は津波警報を注意報に切り替えた。 ● プレートの境界に位置する 台湾で地震が頻発している 2024年4月の地震の震源付近ではM6クラスの地震が年1回以上の頻度で起きていたが、M7クラスは少なかった。たとえば、2022年に台湾東部・台東県で発生したM6.8の地震では1名が亡くなり、140名以上がけがをした。また花蓮県では2018年2月6日にもM6.4の地震が発生し、ホテルの建物が崩れるなどにより17名の犠牲者が出た。
それ以前の2016年には、16階建てビルが倒れ100人以上が死亡した、M6.6の台湾南部地震が発生。1999年9月には台中市ではM7.7の大地震が発生し、5000棟以上の建物が倒壊し死者2413人、負傷者が1万人を超えた。内陸の活断層が動いた結果、大規模な土砂災害、橋の損壊、ダムの決壊などの被害が出た。今回の地震は過去25年でも最大規模である。 地学的に台湾は地球表面を十数枚で構成するプレートの境界付近に位置し、活発な地震活動で知られる。台湾の南の海域では中国大陸側にあるユーラシアプレートが太平洋側にあるフィリピン海プレートに沈み込む(下図)。 一方、東の海域ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んで琉球海溝を形成しており、その間にある台湾ではプレートの衝突によって山が隆起し地震が頻発する。ちなみに、南海トラフ巨大地震が懸念されている西日本では、琉球海溝と同じくフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込む配置にある。 近年、頻発している台湾の地震は、2つのプレートの前縁部に働いている圧縮力に起因する。この領域の地表には逆断層が数多く発達しているが、今回の地震のメカニズムも北西-南東方向に圧力がかかることで生じる「逆断層型」だった(下図)。
また本震の後に多数発生した余震の震源を見ると、本震の震源以北と花蓮県を南北に走る米崙断層、及びその延長線上にある海域周辺に分布している。ちなみに、こうした逆断層は2024年元日の能登半島地震で海底の活断層で起きた動きと同じである。 ● 台湾の防災体制に世界が驚愕 迅速な対応で人的被害は最小限に 2024年4月に台湾東部の花蓮市で発生した地震では、M7.2という規模の大きな地震の割に、人的被害が比較的少ないことが話題になった。台湾は日本と同じく地震の多発地域である。よって、地震の防災体制を含めて被害が抑えられた理由を考えてみる。 震度6強の揺れを観測した花蓮市は自然の豊かな観光スポットとしても知られているが、地震直後の台湾当局の対応が迅速だった。現地時間の午前7時58分に発生した地震は朝の通勤・通学時間帯に重なっていたが、地震後1時間で準備を開始し、2時間で緊急避難所が設置され、130人を超える住民が避難した。 多くの避難所が3時間以内に稼働というスピード開設には世界中が驚いた。これは2018年2月に発生し死者17名を出したM6.4の地震後に、花蓮県が警察やNGOと地震防災の連携を強化した成果と考えられている。
台湾の緊急地震速報の仕組みは、ほぼ日本と同じである(下図)。さらに迅速で的確な対応が可能となった理由は、台湾の地震警報システムが中国からのミサイル攻撃に対して発令されるシステムを使っているからとされる。自治体に24時間体制で配備された救助隊は、災害の発生とほぼ同時に対応できる。これにより、本震で崩れかかった建物を余震で倒壊する前に撤去することにも成功した。 4月3日の地震は過去25年に発生した中では最大規模で、1999年の地震では2000人以上が死亡した。これは9月21日に発生したため「921地震」と呼ばれ、台湾では防災訓練の日に指定されている。ちなみに、日本で関東大震災が起きた9月1日を「防災の日」としているのと同じである。 ● 台湾大地震が示した教訓 日本も防災技術を学ぶべき これまで台湾では1982年に建築法を強化して耐震設計を義務化し、1999年の地震以降には欠陥工事を極力防いできた。また首都台北にある101階建て超高層ビル「台北101」は、震度5強水準の揺れを受けても振動を小さくするダンパー装置が働き注目を集めてきた。
87階と92階の間に設けられた吹き抜け空間には、鋼鉄ケーブル93本で支えられた重量660トンの鉄球がぶら下がっている(下写真)。「同調質量ダンパー」と呼ばれるこの球体は、地震によって建物が移動した向きと逆方向に動いてバランスを維持しながら揺れを吸収する。 ちなみに、このシステムはニューヨークのセントラル・パーク・タワー(高さ432メートル)やアイルランドのダブリンの尖塔(121メートル)にも設置されているが、台北101では吹き抜け空間で実際に見ることができる。台湾で起きたこの大地震には日本の地震防災も学ぶところが多く、今後も参考にしていきたい。 台湾と日本列島で近年発生する地震には、フィリピン海プレートの活動という共通点がある。そのため台湾海域の地震と南海トラフ巨大地震との関連について懸念されることがある。しかし台湾と九州本島は1000キロメートル以上離れており、また南海トラフ巨大地震の発生メカニズムと異なるので、地震が誘発されるなどの直接の関係はない。 一方、台湾近海で規模の大きな地震が起きると、琉球諸島に高い津波が襲ってくる可能性がある。台湾から沖縄地方に向かい海底が浅くなっており、津波のエネルギーが大きくなりやすいからである。よって、今後も台湾と琉球諸島の近海で起きる地震に対する警戒を行う必要がある。
鎌田浩毅