ニューヨーク・タイムズスクエアの交差点に突如として現れたド派手な花魁衣装を纏った女性――。北九州市の貸衣装店「みやび」の池田雅氏(52)のデザインによる衣装だ。 ド派手な袴に色とりどりの扇子。地域やグループ名を染め抜いた大きな旗を振りかざして騒ぐ。そんな姿が毎年のように報道され、批判の目で見られることばかりだった北九州市の成人式。そんなお騒がせのタネとなっていた衣装が、世界の舞台に躍り出たのである。 9月7日から13日まで開催されたニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)に招待され、現地で大喝采を受けた池田氏はこう語る。 「去年の11月に、ニューヨークのイベントに招待されたのがきっかけで、今回のNYFWに招待されることになったのですが、ファッションショーなんて初めてのことだし、準備の期間も短くて、とにかく不安だらけの参加でした」 NYFWの事務局から出演オファーのメールが届いたのは2022年の12月半ばだった。 「もちろん出たい気持ちがあったのですが、毎年年末年始は成人式の準備で大忙しです。とても他のことを考える余裕はありませんでした」(池田氏) 池田さんは一旦返事を保留して、毎年700~800着の注文があるという成人式のド派手衣装の仕事をこなした。 「成人式が終わって、一息ついた今年の1月下旬、オファーの内容をよく吟味しました。本番は9月11日。逆算して考えたら8か月程度の準備期間があります。新旧織り交ぜて12着の衣装を用意することができればなんとかなりそうだ、ということで“よしやってみよう”と決心したんです」(池田氏)
地元の人形師とも連携
せっかくの世界進出なのだから、地元・北九州をアピールしたい。そんな思いから、池田氏は幾つもの仕掛けを用意した。そのひとつが、毎年7月に北九州市で行なわれる祭り、祇園太鼓のテイストを盛り込むことだった。 「地元の人形師さんにお願いして、特別にモデルの肩に載せるトラの顔の人形を作ってもらったんです。ものすごくお忙しい方なんですけど快諾してくださって、無事本番に臨むことができました」(池田氏) ところが、いざ現場に入ってみると、思いもよらないアクシデントが起こった。 「モデルさんの肩にトラの顔を載せてランウェイを歩いてもらうのが、どうしても上手くいかない。モデルさんは現地の人だから言葉の壁もあって、細かいことが伝わらないんです。仕方なく右腕にかかえて登場してもらいました。結果的にはより迫力が出て喝采に繋がりました(笑)」(池田氏) 評判は上々で、現在池田さんのもとには様々なショーからの出演オファーが届いているという。
新成人の「金さん銀さん」
荒れる成人式の象徴と白眼視された過去を経て、今や“世界のみやび”となった池田氏だが、そもそも世間を騒がせるきっかけとなったのは2003年の成人式だった。 「ある日、2人の男の子がお店に来て、『今度の成人式は全身金と銀の羽織袴で出たいんです。なんとかなりますか』って言うんです。その時は軽い気持ちで、いいですよって受けたんですけど。その後が大変でした」
当時10社ほどの着物問屋と取引をしていたのだが、どこに問い合わせても金や銀の単色で全身を揃えるのは無理だと断わられた。池田氏は生地屋を訪ね歩き、最も金・銀に見える素材を選び出してイチから縫製した。 「結局1着50万円以上かかりました。ただ、うちはレンタル衣装屋なので、お客様からいただくのはレンタル料だけ。当時は3万~5万円程度でやっていました」 つまり2着で100万円近くの赤字だ。翌年以降、その衣装を借りてくれる人がいれば、いつかはもとが取れるのだが、「全身金と銀なんて、誰も見向きもしないだろう」と思っていたのだという。 「ところが、その金さん銀さんがものすごく目立ったらしく、翌年から同じような発注がガンガン入るようになったんです(笑)」(池田氏) 2008年の成人式では、その後の“北九州テイスト”のもとになったといわれる「虹キング」が登場する。 「私が勝手に虹キングって呼んでいるんですけど、その子は自分でラフを描いて持ってきたんですよ。虹色のド派手な袴、張り出した裃、ド派手な傘、ファーをふんだんに使った長着。このスタイルは北九州のトレンドとして、今でも継承され続けています」(池田氏) 成人式は毎年行なわれるが、参加する新成人たちにとっては一生に一度の経験だ。この日、この時だけはハメを外す彼らも、いつもは至極普通の大学生であったり、真面目に働く社会人だったりするのだという。「本当にいい子たちばっかりなんです」と池田氏は言う。 9月26日には北九州市の武内和久市長を表敬訪問した。市長はその席で、「みやびのデザインを市の独自コンテンツとして活用して行く」と宣言。今後、どんな展開があるのだろうか。(了)