「最大の援助国・中国」が揺らいでいる
アジア太平洋地域はダイナミックに変化しているが、開発が必要な場所はまだ膨大に残っている。 アジア開発銀行(ADB)は、2030年までの同地域の開発需要を年間1.7兆ドル(約255兆円)と見積もる。 経済の急成長に伴い、交通インフラや発電所の建設、IT分野へのニーズが特に大きい。さらにアジア太平洋地域の大部分はいまなお貧しく、教育や医療へのアクセスの悪さや失政、気候やその他の自然災害に対する脆弱性を抱えている。しかもそれは、新型コロナのパンデミック以前からの課題だった。 幸いにも、アジアの富裕国やADBなど地域内の援助国・組織は、開発の対象を明確にしぼってきた。乏しい資金をより効果的に活用するため、日韓豪などは新たな援助・開発政策を策定し、どうすれば協調できるかをさかんに議論している。 こうした動きによって、2つの事実が浮き彫りになった。 1つは、アジアの援助・開発資金の大半が、域内の援助国によって賄われていることだ。 オーストラリアのシンクタンク、ローウィー国際政策研究所の集計によれば、2015~21年までの東南アジアへの援助国上位5ヵ国のうち4ヵ国がアジアの国・組織で(中国、ADB、日本、韓国の順。5位は世界銀行)で、2000億ドル(約30兆円)の援助額の73%を占めている。 2つ目はこの動きがアジアの地政学に影響を与えていることだ。「アジア最大の開発援助国」としての中国の地位は、ここ最近の国内の金融緊縮や海外融資先の債務不履行によって、その座を脅かされている。 一方、開発金融と開発協力は、アジアの政治経済において重要性を増している。アジアの援助国が貧しい近隣諸国とどう関係を構築していくかという問題は、米中対立と同様にこの地域を見るうえでの重要なポイントになるかもしれない。
控えめだが信頼される「日本の援助」
中国は、習近平国家主席が主導する経済構想「一帯一路」を通じて途上国への影響力を行使してきた(同時に、中国は「懐が深く折り目正しいグローバルリーダー」であるという印象を演出しようとしてきた)。 たとえば中国は東南アジア地域にとって最大の援助国であり、全体の5分の1に当たる年間約55億ドルの開発援助資金を拠出している。 その一方で、日本および韓国との熾烈な争いにしのぎを削ってもいる。中国がインフラ事業に強いのに対し、日本は運輸事業でわずかに上回る資金を提供している。韓国は通信分野で中国と肩を並べる。中国はエネルギー分野では他を圧倒しているが、水・衛生分野の融資はゼロに近い。 中国の援助が地元で大きな反発を招くこともある。当初の予定より実施するプロジェクトを減らし、中国企業や労働者を利用することが多く、地元の雇用促進や人材育成を重視していないからだ。 中国の2大政策銀行から資金供与を受けると、非譲許的な金利(商業ベースの金利)を満額支払わねばならないことにも途上国は不満を感じている。汚職や手抜き工事が目立つこともある。債務不履行に陥る国・地域も多く、スリランカ、モルディブ、ラオスは中国への返済に行き詰まっている。中国の融資には透明性が欠けていることも不安を煽る。 ゆえに途上国は中国以外の選択肢を歓迎する傾向にあり、なかでも日本を好む。日本の援助は控えめだが、その歴史は長い。日本が援助を本格化させたのは1950年代で、戦時中の侵略行為に対する償いの意味もあった。 日本は資金やモノを提供するだけでなく、人材育成を主軸とした援助を実施している点が評価されている。中国とは異なり、日本は現地の建設業者と協力することが多い。 インドネシアの首都ジャカルタやフィリピンの首都マニラでおこなわれたような最新の地下鉄システムの導入プロジェクトでは、運営方法に関する技術教育がインフラ建設とセットで実施される。 国際協力機構(JICA)で東南アジア部長を務める早川友歩は、プロジェクトの完了までには10年を費やすことも珍しくないため、政策変更などの影響を受けない持続的な取り組みが必要だと語る。 インドとバングラデシュにとって、日本は最大の二国間援助国だ。ある東南アジアの外交官によると、日本はフィリピンで中国との激しい競争に勝つため、開発援助プロジェクトで発生する面倒な仕事をすべて自国で請け負っているという。 韓国の援助は日本と似ている。輸出大国でもある韓国は再投資可能なドルを大量に保有し、インフラ、鉱業、通信などの分野で同国の援助戦略をサポートする一流企業を数多く抱えている。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、自国を世界10大援助国のひとつにするために援助支出を急激に増やしている。 近年、日韓関係も改善の兆しが見え、援助の連携に関する話し合いも増えた。太平洋島しょ国への主要援助国で、東南アジア進出に熱心なオーストラリアも志を同じくするパートナー国との協力に意欲的だ。 日韓豪は、財務的な知見や人材育成、再生可能エネルギーなどの分野でお互いの専門性を補完し合えるはずだ。だが、シンガポールの南洋理工大学で国際関係学を研究する古賀慶准教授は予算編成など、連携するうえでの課題は大きいと指摘する。民間セクターを巻き込むために安全で魅力的な提案をできるかどうかが鍵を握るという。 アジア太平洋の国・地域は透明性や汚職の撲滅、法の支配の遵守、シーレーン(海上交通路)の安全などを重視する。こうした理念は、国際ルールをないがしろにし、領土・領海の広大な領有権を主張する中国に対抗するため、米国主導で結成された「自由で開かれたインド太平洋戦略」が掲げるものでもある。 昨今、地政学的な緊張が高まるにつれ、開発援助が安全保障政策の影響を受ける傾向が強まっている。たとえば日本はフィリピンに対し、海賊や密入国を防ぐために同国の領海を警備する巡視船を提供した。これには海上でのプレゼンスを高め、中国船の侵入を防ぐ目的もある。民間と軍事の両面で利用できる港湾開発を支援するプロジェクトも、同様の意味を持つ。 援助の専門家のなかには、安全保障は専門外だと言う人も多い。だが実際には、開発援助と安全保障、そして軍事と経済はアジア太平洋地域で密接に結びついている。 中国がこの地域での覇権を主張し続け、ライバル諸国がこれに徹底抗戦する構えを見せれば、これらの要素はますます緊密に絡み合っていくはずだ。[/YNG]